ココロミにきみ

本と体とプログラミング

「単語テストwebアプリ」を作りました

「マイナーな言語を勉強しようとする時に役立つかも」という単語テストアプリ

「 word word 」を作りました

ユーザー自作の単語と意味のリストを読み込んで、テストができます

 

(使い方)

・問題が出て3秒以内に答えを考えて、答えが表示されたら、正解・不正解を記録します

・正解した単語は省かれていくので、苦手な単語だけが残っていきます

・ファイルに保存して、また再開できます

 

app : word_word

molingit.com

 

個人的に、全人口500万人くらいの言語を学ぶ必要に駆られて、これはやるしかないなと思ったのがきっかけです

* * *

単語帳を自分で作るのは果てしなくめんどくさいですが、wikiの頻出単語リストやDeepl翻訳などのネットリソースを使う方法も、アプリの説明ページで紹介しています

google翻訳も役に立つんですが、単語レベルでしかも日本語に訳すとだいぶズレるから、最終的には自分で訳に手を入れる必要があり・・・

おそらくマイナー言語を学ぶグループや教室レベルで、単語リストファイルを複数人で共有するという時に一番使いでがあるんじゃないかと思っています

* * *

そいでもって、単語と意味のすごいリストがあるよ!できたよ!っていうのを言ってもらえたら、プレインストールdataとして掲載させてもらいますのでご連絡を

youtube


www.youtube.com

 

 

ドリフトスケートをやってみる

前々からやってみたかったドリフトスケートを始めてみた

近所の中学生男子に、

「オリンピックに影響されてスケボーを始めた君とは違うのだよ、きみとは!」といいたいが(パラリンピック直後で何も言えないので)言わない

 

で、乗るとですね、左足くんと右足くんが勝手な方向にいくんです

「おいおい、いつから勝手に動き出したんだい君たちは?」

と問うまもなく、股裂きの刑に何度も遭遇

 

そして、スケートのお約束必殺、手すり磨き壁磨きを、へっぴり腰で町中で披露!

全然知らないおじいさんから、ニコニコ顔で「ゆっくりやればいい」とか言われたり

・・・まさか壁磨きのほうじゃないですよね??

町中に 知り合いつくる ドリフトスケート(字余り)

 

そして、小学生からランニングするお兄さんまで、目が釘付け!(笑)

・・・乗ってる時じゃなくて、ドリフトスケートを持って歩いてるときの話ですがね

ドリフトスケート

ドリフトスケート

これに乗ると道路の路面の状態に、ものすごく敏感になる

道路も古くなるとゴツゴツしてきて、全然車輪が回らない

路面から剥がれた石の粒が溜まってるところは危険地帯

 

一番いいのは出来立てほやほやのアスファルトwith壁付き

新しいコンビニの広い駐車場とかベストですね

駅とかのコンコースもいいっすね(不許可です)

 

そしてさらに、ほんのちょっとの坂道だと最高

たぶん、2度とか3度っていう、普通に歩いてたらわからないくらいのが。

5度はもうスピードが出すぎて無理

町中が ワンダーランド ドリフトスケート(字余り)

* * *

ラインスケート(正統派お高いやつ)に比べると、ドリフトスケートは車輪の回りが悪いという評判で、たしかに4つの車輪のうち1つは回りが悪かった

付属の六角ナットで緩めると、そこそこ回るようになったからいいけど

もしかしたら当たり外れがあるのかもしれない

 

いつかはラインスケートに

こいつです↑買ったやつ

 

* * *

 

youtubeを見て練習をするときに最初は日本人のを見てたんだけど、英語のを見たらすごくわかりやすいのがあったので、単に「drift skate」だけでいいから検索するのがおすすめ

最初、ハの字に置くって知らなかっただけで、だいぶ苦労したし


www.youtube.com

 

下のはたぶんフリースケート協会かなんかの人たちの、ドリフトスケートって便利だよ!って動画で、上のやつより街中で乗るときの感じが伝わってくる

・・・願わくば、こう乗りたい


www.youtube.com

 

最終的な野望は、スーツ着て、ホットドックを食べながらドリフトスケートで出勤

だな

乗ってる自分 忘れる境地 ドリフトスケート(字余り)

 

本 FACTFULLNESS

「FACTFULLNESS」ハンス・ロスリングさん他 著

 

データに基づいて考えることが、すごく大事だということを解く本

例えば、

Q.世界の人口のうち、極度の貧困にある人の割合は、過去20年間でどう変わったでしょう?

A 約2倍になった

B あまり変わっていない

C 半分になった

 

答え;C 半分になった

この事実を知らないまま、エネルギー問題や温暖化問題や人口問題を考えても全く意味はないだろうに、日本人の正解率は10%

・・・間違えた自分が言うのもなんだが(笑)

この認識でどうやって政治なり、ビジネスなりの正しい判断をしているのだろう??

・・・間違えた自分が言うのもなんだが

日本以外でも正解率は全世界的に低くて、一番率のいい国でも1/3程度で、サイコロを振って選んだのと変わらない

では、なぜ私たちは、世界の行方を左右する大事なデータを知らなかったり、知っていてもデータが古いままだったりするのだろう?

 * * *

ここでわかりやすい指標を考えてみた

 昔:地球のキャパシティ >> 人間の活動による影響

 今:地球のキャパシティ < 人間の活動による影響

つまり、昔は全世界的な情報を知らなくても、地域(国)ごとに好き勝手にやってても、何も問題がなかった

その時代がながーーく続いたから、”全世界的に知っていなければいけない情報”がなかった

今は、人間の活動が地球全体にダメージが出てしまうレベルになってしまったので、 目の前のことをする時に、全世界的に見てどう人類が動いているのかを知らなければならない、という新しい前提条件ができてしまった

* * *

しかしその知識の前提条件の歴史は新しすぎるので「世界的な規模でかつ必須の情報を常にアップデートし続けて、それを元に考える」という習慣が、ほとんどの人の人生の中にまだインストールされていない

おそらくこれは、人類全体の考え方とか生き方のアップデートに属する話なんだろうと思う

スマホで情報自体は手に入るのに、まだ情報の存在というものに人類全体として慣れていない

・・・まぁ長い歴史の中で、情報を有効に使う人なんて、軍師とか大臣とか1%にも満たない人たちだけだったんだから仕方ないよな

* * *

でも、これからはそれぞれの人が、”情報を使って考える習慣”を作る必要がある

その習慣ができたあとに、やっとこのFACTFULLNESSの本を使った、情報に対するリテラシーを学んでも十分間に合うと思う

まずは、この本の手前まで追いつくことから

 

本 ゼロからトースターを作ってみた

「ゼロからトースターを作ってみた」トーマス・トウェイツさん著

 

3.94ポンド(500円)で買えるトースターを自分で作ることが、どのくらい大変か?

・・・近いことを考えた人はそれなりにいると思うけど、やってしまう人は素敵だ

親族にいると大変だけど友達にはなりたい(笑)

* * *

まず思いつくのは鉄をどうやって調達するの?と

鉄鉱石って、どれ?どこに? 溶鉱炉ってどうするの? と疑問はいくつも湧き上がってくるが、ひとつひとつ遠征したり実験したりで著者はクリアしていく

途中で何度もいろんな大学の先生に相談するシーンがあるのだけど、真剣に応えてくれるのはイギリスだから??

ちなみに溶鉱炉の解決策は、日本の多くの家庭にもあるもので、つまり家の中で出来てしまう!!

個人的にガラス細工で著者とほぼ同じことをやったことがあって、家の中に数百度が存在することの不思議さと怖さを感じたことがあるけど、 隣の家でやられてたらちょっと嫌(笑)

* * *

で、著者が作りたのはやすっちいトースターなので、筐体はプラスチックで出来ている

プラスチックって安物ってイメージあって、例えば金属とか木とかに比べて自分の中で評価が低かったのだけど、作るとなると別らしい

要するに、生成がおそろしく難しい

その方法を具体的に知らなくても、「なぜプラスチックは高度成長以降に出てきたのか?」 を考えれば難しいことが想像できるかもしれない

* * *

ざっくり理解しておくといつか役に立つかもしれないのが、「人類の歴史の順で出てきた古いやつほど、個人で作るのが簡単な技術や物質だったりする」と

例えば青銅器は鉄系で一番簡単だと

・・・言われてみればなるほど

ちょっと関係ないように思えるけど、最近(2021年)プラスチック・ゴミが環境汚染だと言われていることと、それが難しい技術の産物であることは関係しているんだろうか?

生成過程が化学的に複雑だと分解過程も複雑(時間がかる)とか?

 * * *

本の表紙にあるように、最終的に著者はトースターを作りあげる

そして市販の3.94ポンドはおかしいという結論を出す

あまりまとめられてないが「大量生産すれば安くなるもんだよ」の外側にあるものの話が少しだけ出ている

その話がもしかしたらこの本の裏テーマかもしれない

読んで外側に興味を感じたら次に、斎藤幸平さんの「人新世の「資本論」 (集英社新書)」を読むといいかもしれない

外側の話がより仕組みとして書いてある

* * *

最近、文明を起こし直す漫画だとか本だとか、着の身着のままで自然で生きる訓練だとか、火を起こす技術だとか、なにか文明全体を見直す流行りがある気がしている

もしかしたらそれは全部、資本主義の外側を具体的に見ようとする行為が、いろいろな形で現れだしているのかもしれない

本 ガチガチの世界をゆるめる

「ガチガチの世界をゆるめる」澤田智洋さん著

そもそもすべてのスポーツは、ある意味で障害者体験なんです

・・・たとえば、「サッカーは手が使えない障害体験」であるとか

この発想は目から鱗だった

スポーツのルールとは、その分野ごとに「何かを使えなくする、できなくすること」で、代わりに「それまで使わなかった部分を発展させて使うこと」を楽しむものなんだと

そして、日常生活において何かの障害を持っているということは、常にその人それぞれのスポーツを毎日している状態なんだ(否応無しに)

本当はすべての人がなんらかの障害を持っているんだけど、お互いに相手に特別なスポーツのことはよく分かっていないし、自分がやってるスポーツのことすら分かっていない場合も多いだろう

* * *

だから「あえて一つ一つの障害をゲームのルールとして普遍化」して、スポーツとして実際にみんなで行うことで、それぞれの人が持っている世界が分かったり、視野が広がったりする

それが筆者が提唱する「ゆるスポーツの世界」

たとえば、「下半身に(はらぺこ青虫のような)着ぐるみを着て、這ってしか動けなくした」イモムシラグビーとか

yurusports.com

筆者はその時に他人を巻き込むために笑いが大切だというけれど、その笑いの根源はきっと、ある種のルール=障害を起点に、自分の中の新たな能力が開発されることが嬉しくて、楽しくなるのが根本にあるんじゃないかと思う

もしくは自分が勝手に作ってきたイメージの世界が壊れて、新しい風が入ってくるのが心地いいんじゃないかと思う・・・やったことないから想像だけど

で、そのプロセスを通じて、自分が「頭のなかに作っていた障害」が少しずつ壊されて、「より多くの人が参加できる日常というスポーツ」をみんながプレーするようになるんじゃないだろうか

ガチガチの世界をゆるめる

ガチガチの世界をゆるめる

Amazon

  * * *

本とは全然関係ないけど、スポーツの存在意義について今回考えさせられた

スポーツとは「神に供物を捧げるための儀式」や「戦争を模して体を鍛えたりする仕組み」としてスポーツが考え出されたと以前は考えていた

でも、きっとそれだけではなくて、スポーツというのは

「ルールという誰にでもわかる障害があり、結果が短期間でわかる」

という仕組みが、

「その社会が持っているルールを相対化して考えるための、実験的な装置」

としての機能もあったんだろうと

  * * *

「日常」と「別のルールが支配する世界」を往復する間に、日常に隠れていたルールの存在が意識化されて、ほっておけば固定化していく社会をもう一度捉え直す機会になるんじゃないかと

この考察は、作者が「世界をゆるめる」ために、まずスポーツから取り組んだことの説明になるかもしれない

ゆるスポーツやってみたい

本 良いコードを書く技術

「良いコードを書く技術」縣 俊貴さん著

独学の人、仕事でプログラミングを始めた人に向いている

サンプルがJavaのコードで書いてあるので、Javaを扱わない初心者にはハードルが高い

他の言語を一通り使った人なら7割くらい分かる

* * *

自分はアプリもいくつか作ったし、それなりにプログラミングが出来るようになってきた!?と思っていたら、プログラマー的には「初級」であることをこの本は教えてくれた

・・・「初心者ではない」に最大限の矜持(笑)

 * * *

本では登場人物として、普通プログラマーと中級プログラマーと達人プログラマーの三人がでてくる

なんからの問題にぶち当たったときに、3人の受け止め方や解決の仕方の違いが表現されてて、誰に共感するかで自分がどのレベルにあるのか非常に分かりやすい(笑)

* * *

内容は、名前づけ、スコープ、コード分割、コード集約、データ構造、コードのパフォーマンス、ユニットテスト、抽象化、メタプログラミングフレームワークと、プログラミングに関することはほぼ網羅しているんじゃないだろうか?

* * *

この本は初級のとき、中級の時、上級に入りかけたときなど、折に触れて見返すことになると思う

そしてきっと、その度に違うところに目がいくようになる

今の自分は、クラスやオブジェクトを使って、データの構造を見やすくすることが最優先

次読むときはどこに目がいくんだろう

楽しみ

本 オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る

「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」

この本は、オードリーさんの考え方を学ぶのにとてもいい本だと思う

* * *

例えば「都市を設計するならどういう基準を考えるか?」という問いかけに、自分ならどう答えるだろうか?

著者は「軽度の認知症の人に優しい街が最もいいのではないか?」という

* * *

この発想は多くのことを含んでいる

まず軽度の認知症の人が出歩けられて社会参加できると、中度・重度の症状に進みにくいので、本人も家族も国としても嬉しい

当然それは、子供や老人も含めた他の人にとっても出かけやすい街になるのだと思う

個人的な経験だが、障害者のための介護用品見本市に行ったときに、この地域にこんなに障害者の人がいるのかというくらいに集まっていて、びっくりしたことがある

普段は出かけられないんだなと

* * *

 ここからは想像の話だが、著者の目線で街を作るなら、案内が簡潔であるとか、街の構造がわかりやすいなど、誰にとっても過ごしやすい環境であるはず

そしてハード面だけじゃなくて、おそらくその場にいる人たちの助け合いや協力がソフト面のパワーとして期待できるんじゃないかと

* * *

なぜなら、台湾の教育方針は、自発的相互理解共同作業という3つが真ん中にあるから

そういう国だからこそ、オードリーさんを若くして大臣に迎える自由度の高さが行政レベルにもあり、またその中だからこそオードリーさんは活躍しやすいのだろうと思う

逆に言うとオードリーさんは今の日本では生まれないし、活躍できないだろうとも思う

また、残念だけど日本では都市設計に関して、その場にいる人の協力を期待するというのも難しいだろうなぁ・・・

* * *

冒頭の質問に戻ると、もしかしたらこの「軽度の認知症の人に優しい街」というのは、オードリーさん自身が出したアイデアではないかもしれない

都市計画のような多くの人の利害が関係することについて、さまざま価値観を持つ人たちを集めて、話し合いを通じて共通の価値観をそこに見つけ、その価値観を実現していく方法もまたみなで話し合うなかで見つけていく、そのお手伝いをするのがオードリーさんの一番の仕事だから

 

個人的に最初の質問に答えるなら「ミスを許す街」がいいなと思う

<完>