ココロミにきみ

本と体とプログラミング

本 サル化する世界

「サル化する世界」(内田樹さん著)を読む

文字ができる前は、
”知や知識”というのは、儀式や踊りという形で存在していて、その一連の儀式や踊りを最初から最後まで通しで表現されることで、後進のものは”それ”を受け取っていた

・・・おそらく伝える側も一つ一つの手順をこなすごとに、次の手順が呼び出されるという形で、”何かの有用なものの記憶”をしていたんじゃないかと思う

その、知が塊でしか存在していない世界に文字が現れることで、
”なんと知や知識は、一部分を抜き出すことができる”という発想や認識が生まれる
・・・テキスト化されることで、視覚的にある部分だけを抜き出せるわけだから

分割できた知は、”時間や空間という概念”を作り出す
つまり、”今と昔”を抜き出して比較したり、”こことあそこ”を引っ張ってきて比べるのは、知が個別にアクセスできるようになった結果なのだと 

サル化する世界 (文春e-book)

サル化する世界 (文春e-book)

 

 *

おそらくその、”テキスト化の出現による知のあり方の変化”は、
数世紀にわたってゆっくり人々の間に浸透していった

 

その浸透度合いのズレの例が、韓非子にある「矛盾」の話
みなさまご存知の、世界一の「矛」と世界一の「盾」を同時に売る男の話ですよ

・・・あれをずっと笑い話だと思っていたのだけど、そうではなくて、「テキスト化による知の概念の変化を早く受け入れろ」という教科的な話だったんですね

 

矛と盾を同時にうる男にとっては、まだ「知は連続的で不可分」であるから、彼にとっては矛を売るときの自分と、盾を売るときの自分が同時に存在してない(比較ができない)
だから、その「矛盾」を言われても意味がわからない

 

* * *

 

 

・・・矛盾の男を笑い話にする現代は、おそらく逆の問題を抱えているのだろうと思う

文字化した情報を元に戻せない人が増えている

世界一の矛と世界一の盾は、それぞれ存在するんだから、それでいいじゃない?的な