ココロミにきみ

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本 無意識の整え方

「無意識の整え方」前野隆司さんと4人の対談

 

4人目の対談相手の、医師の稲葉俊郎さんの問題意識が面白い

普通、仏教の伝来と共に伝わった「中医学」から日本で医療が始まったされるが、そんなわけはないだろうと稲葉さんは言う

深く広い文化を持つ日本で、医療だけ発達しなかったわけがないと考え、調べていくうちに、日本の古代の医療は「美」に昇華されたという仮説にたどり着く

つまり、舞とか生花とか古来の美の「道」は必ず、心や体を整える作法があり、それが現在の「医療」と違った定義であるが、人を健やかに導く方法論の1つとして型として残されたんだろうと

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さらに稲葉さんは、「意識と無意識」「治ると治らない」というような二元論をとらず、無限に広がる世界のごく一部として「意識」がある、というような捉え方をする

だから、「意識」のしばりを外すと、その残りの膨大な世界にアクセスできるようになる、という表現をする

それだけだとアヤシイ人にも聞こえてしまうが、現在の科学や医療では扱わない分野に、そのご専門である科学や医療の技術を連結して、より大きな成果を引出そうとしていると言うほうが正しい理解だと思う

この話は3人目の対談者の山田博さんの「森が教えてくれる」という発想が、具体的な方法論として本の中ではつながっているので、そちらを参考にすると分かりやすい

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そもそも前野隆司さんはエンジニア出身の大学の先生で、ロボットを作るなかで意識や無意識の領域に手を染めるようになり、「受動意識仮説」というのにたどり着く

人間が何か行動しようとした時、脳の中では「行動が先に始まっていて、その行動をしようという『意識』は後から起こる」ことが実験で分かっている

つまり、「自分が○○したいって思って何かするという行為の全体」は、すでに無意識が行動したものを「意識は追認しているだけなのに、あたかも意識が決定したような捉え方をしてるだけ」って話だと

そんなの信じられない!という人と、ああ、そうかも?って人に分かれるだろうなー

もしかしたらこの実験は、現代人にとっての天動説と地動説なのかもしれない

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その前野さんの主張と近いことを、各々の分野で実践しているの人と対談したのがこの本で、ちょっと内容が面白すぎて一回読んだくらいでは咀嚼できない

時間を置いてなんどか読んで人生に取り入れていく、というぐらいがちょうどいい本

そういう話の深さに対して本のタイトルはひどい

(出版社が売らんがために付けたタイトルで、読むべき読者を遠ざけて、手っ取り早く結果がほしいような人を惹きつけたであろう、ミスリードしたことを深く反省してほしい)

とかく面白い本なのでオススメ