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本の感想と体の感覚

本 頭の決まりの壊し方

「頭の決まりの壊し方」小池龍之介さん著

自然な”流れ”に身を委ねたり、心のバイアスをとっていった時に人がどういう感覚になるのか?ということに関して、この著者のような表現を初めてみた。

見聞きするものへの執着が落ちて、どうでもよくなればなるほど全身が活き活きと働いて、見えるものはバーンと鮮明に見えますし、聞こえるものはまるでこの身体の内部で響いているかのようにズドーンと鮮明に聞こえます。(本文より)

 著者曰く、脳の使われ方が変わるからですと。

頭の決まりの壊し方

頭の決まりの壊し方

 

そうであるならば(きっとそうなのだろうけど)、多くの人が座禅や瞑想を怖がるのは的を得ていると思う。だって、脳が変わってしまうわけだから、現在私たちが感じているところの”自分”が変わってしまうわけで、「同じであることが大好き」な脳からしたら、「殺される」のと同じことだから。

この話は最終ゴールの話で、その手前の数々の話も一つ一つ納得がいった。

本質的に縁がない人や状況をつなぎとめようとするためには、相当程度のエネルギーを浪費するはめになります。つまり疲れます。(本文より)

 「縁」というものを自分にとって存在するもの、と決めるならばすごく分かりやすい話だなと。今目の前にあることにこだわり過ぎずに(美人が近くにいるとか!)、いろいろ動いてみて、波が来ているところを探したほうが、おそらく上手くいくのだろう。

そうやって、どんどん”流れ”に身を任せられるようになると、”今”が充実していくのだと思う。

仏教の考え方が一番正しいとか、全てのはずは全くないが、生きていくツールとしてすごく強力なものだという気がどんどんしてきている。逆に、強力に見えるのにあまり使われてないなら、気づかない大きな弱点があるんだろうか。

それか昔の人はもっと普通に仏教に親しんで「今」に集中していて、実はみんなハッピーだったのかもしれない。